但馬(たじま)は兵庫県北部地方です。
7世紀頃に但馬国が成立したと推定され、現在の兵庫県になったのは、明治9年です。
今は、但馬牛、松葉ガニ、豊岡鞄、城崎温泉、コウノトリ、天空の武田城跡、ハチ高原スキー場等で知られています。以前は、中瀬・生野・明延鉱山で良質の金・銀やスズが発掘されていました。
養父市(やぶし)は、但馬の中南部に位置し、多雪で、市の約84%は森林です。
外出する時は、「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるほど天気が変わり易く雨が降ったり止んだりします。からっとした陽気の日が多く、晴れた夜にはみごとな星空を演出してくれます。
その美味しい空気と水はけが良い斜面で育ったヒノキや杉は、伐採・搬出、乾燥コスト高と為替レートの変化等により輸入材に押され、バイオマスエネルギー資源になろうとしています。
しかし、家族の宝として大切に育てた巨木が、建築材としてではなく、木屑と同じ扱いにされるようでは、殆んどの山主さんは、手放されないでしょう。
加えて、少子化が進む中、夢もセーフティネットも無い林業に若い労働者は集まりません。
今、このような日本の中山間地方は、林業と共に崩壊しようとしています。
チョット待って下さい。
日本のヒノキは、日本書紀等で示されているように、古くから高級建築物に使われてきました。建築材として特に優れていることについては、平成26年10月2日付このコラムでお伝えしましたが、特有のやさしい香りは、気持ちを落ち着かせる効果があり、今も多くの人に好まれています。ヒノキの葉は殺菌作用もあるといわれ、料理でザルに敷くこともあります。
杉は、樹齢3000年とも言われ、木では日本一長寿で、50メートル以上になることもあります。
養父市にも、出雲大社に縁のある名草神社に、25年程前まで、樹齢1,500年といわれた巨樹"妙見杉"がありました。今も、境内とその付近には、有効利用を待っているかのように樹齢300~400年といわれる巨木が多くあります。これらの木は、寒冷地育ちで、豪雪による重圧にも耐える強さを持っています。
日本は、四季折々の美しい自然環境という恵みを頂いています。地震や台風といった厳しい試練との向き合い方も学んできました。日本の風土で育った木材の活用方法は、匠たちが、法隆寺をはじめ多くの建築物等で伝えてくれています。
国産木材産業の安定継続 は、国の形を守ることではないでしょうか。
平成27年8月2日付このコラムで「新国立競技場に日本の木材を」と提案した時、多くの人に漫画の話と言われましたが、現実のものとなりました。
日本の木材産業が継続的自立成長することは夢ではないと思います。
私たちは、既に「養父ヒノキ」を全棟の土台に使用し、高評価を頂いています。
これからは、土台、柱、梁だけではなく、少しでも多く「養父ヒノキ」「但馬杉」(主に、50年生~60年生)を使用し、日本の木材の良さを伝えていきます。